ご存知のように、パンは小麦粉を練って焼いたものです。が、練った小麦粉をただそのまま焼いただけでは、あのフワフワのパンにはなりません。生地をふっくらフワフワに膨らませるためには、発酵という作業が必要になります。
■酵母とは
パン生地の発酵に欠かせないのが「酵母」です。
酵母とは、穀物や果実をはじめ、空気中など自然界のいたるところに無数に存在する微生物のことで、糖質を食べてアルコールと炭酸ガスに変えて排出する(この分解作用のことを「発酵」といいます)、という性質を持っています。
この酵母を、パン生地−つまり、練った小麦粉に混ぜることで発酵が始まります。
小麦粉の中にはグルテニンとグリアジンという独特のタンパク質が含まれていて、このタンパク質は、水を加えて練ることで「グルテン」という粘り気と弾力のある網膜組織を生成します。
発酵が始まり、酵母が炭酸ガスを出すと、小麦粉の中のグルテンがこれをすっぽりと包みこみ、小さな気泡を形成します。発酵が進むにつれて気泡はどんどん増えていき、やがて生地全体をふっくらとスポンジ状にふくらませるのです。
小麦粉のグルテンの粘弾性が高ければ高いほど、また酵母の働きが強ければ強いほど、パン生地はよりふっくら膨らみ、軽くてやわらかく、ふんわりとしたパンができあがるわけです。
■天然酵母とイースト菌
パン用酵母の代表的なものにイースト菌があります。イースト菌は、あらゆる酵母の中からパンの発酵に適したタイプを選び出して純粋培養したもので、短時間で効率のよい発酵を行うことができます。
これに対し、ライ麦やブドウなどについている自然の酵母をそのまま育てたものが「天然酵母」で、イースト菌が単一品種の純粋培養であるのに対し、天然酵母は自然状態のままの、多種多様な微生物を含む点が異なります。
よく天然酵母パンの味を評して「酸味がある」と表現されますが、これなども天然酵母の中に含まれる乳酸菌や酢酸菌の働きによるものです。
ところで、「天然酵母」という呼び名から、逆にイースト菌に対してなにか「人工的に化学合成されたもの」といった印象を持ってしまいがちですが、決してそういうわけではありません。昔ながらの手間のかかる方法で培養されたか、純粋培養されたかの違いだけで、どちらも酵母菌という意味では親戚のようなものです。
紛らわしいのは「イーストフード」で、これはイースト菌のことではなく、文字通りイースト菌の餌として使われる食品添加物のことです(おもに食パンなどによく使われます)。イースト菌そのものは酵母ですから決して人体に有害なものではありませんが、これとよく併用されるイーストフードは食品添加物のため、化学合成物質であったり、かつて発がん性が指摘されたものが使われた例などもありますので、気をつけたいものです。
■天然酵母パンで原点回帰
近年、食の嗜好の多様化、そして外国産小麦粉や食品添加物などに対する不安から、より安全で健康志向なパンを望む人が多くなってきました。その結果、昔ながらの製法の天然酵母パンが注目を集めているようです。
日本のパンはどちらかというと菓子パン文化で、ヨーロッパのようなハードなパンはこれまでずっと敬遠されてきました。
あんパンに始まり、ジャムパン、クリームパン、メロンパン、コルネなど、日本独自のユニークなパンが次々と生み出され、独特の歴史とパン文化を築いてきたわけですが、反面、ヨーロッパのパンのような、小麦粉本来の持つシンプルで素朴なおいしさを楽しむ、というスタイルがずっと見落とされてきたのではないかとも思います。
一方で、食品添加物や輸入小麦のポストハーベスト問題など、消費者の「食の安全」に対する意識の高まりから、旧来のパンでは満足できない層もまた確実に増えてきました。そうした人たちが「おいしさ」と「安全性」を追求した結果、昔ながらの素朴でシンプルな天然酵母パンにたどり着き、その良さを再発見するという、いわば「原点回帰」ともいえる現象がいま起きているように感じます。
そもそもパンとは、余計な味付けなどしなくても、小麦粉の味だけで十分においしいものです。
ごはん好きな日本人の多くが、お米そのものの味やブランド、産地にとてもこだわるように、パンに対しても小麦粉自体のおいしさを追求する楽しみ方があるということをもっと多くの人たちに知っていただきたいものです。